Bijapur Indosan Sogenji Zen Monastery, S.R. Colony Jal Nagar, Bijapur-586101 (Karnataka) INDIA
Dhyanbhumi Ryukokusan Sogenji Monastery, Kavtha, Post-Khairi, Dist. Nagpur (M.S.) INDIA
Bijapur Indosan Sogenji Zen Monastery, S.R. Colony Jal Nagar, Bijapur-586101 (Karnataka) INDIA
Dhyanbhumi Ryukokusan Sogenji Monastery, Kavtha, Post-Khairi, Dist. Nagpur (M.S.) INDIA
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Takuhatsu Angya in Japan
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![]() Ven. Bodhidhamma at Kokubuji Temple Sanmon May 6, 2010 |
| 私は2010年5月1日から25まで日本の四国地方と中国地方に托鉢行脚をしました。これは南印度にお寺を建設するためにでした。この托鉢行脚は長年日本に修行をして初めてのひとりでやりました。曹源寺で修行中、私は四国、小豆島を行脚したことが有ります。又北九州から新潟まで色々なところに現代印度の仏教の現状と運動について講演会に出席したこともそもそもありました。 |
![]() Ven. Bodhidhamma at Kokubuji Sanmon May 6, 2010 |
| でも今回の托鉢行脚は一つの目的あってこその托鉢でした。長年日本に居ても見なかった日本を拝見することが出来ました。又日本のお寺、お寺の住職、お寺の奥さん、環境、境内、檀家さん、一般の民衆、信仰、日本の若い人、自然、駅、などにじかに触れる事が出来ました。 |
| 月1日に私は何処に行くか何も計画せずに曹源寺から歩き出しました。4時間をかけて岡山で知って居るお寺さんと友人達を訪ねながら岡山駅に向かいました。倉敷行きの切符を買い,わずか15分で倉敷駅に着きました。駅の案内所に行って商店街と市内にあるお寺のことを尋ね、色々と教えて貰い、雨が降り始めましたが、商店街で托鉢をやり始めました。長い商店街です。 |
| 5月1日に私は何処に行くか何も計画せずに曹源寺から歩き出しました。4時間をかけて岡山で知って居るお寺さんと友人達を訪ねながら岡山駅に向かいました。倉敷行きの切符を買い,わずか15分で倉敷駅に着きました。駅の案内所に行って商店街と市内にあるお寺のことを尋ね、色々と教えて貰い、雨が降り始めましたが、商店街で托鉢をやり始めました。長い商店街です。 |
| 県外から沢山お客さんがいました。その中に外国のお客さんもいました。托鉢のために4時間かかりました。駅に野宿をしました。 |
| 倉敷駅から次の日に児島に行きました。児島に沢山お寺があることを知り、商店街を探しました。でもこのごろ商店街の半分以上の店が閉まっています。お寺を訪ねれば一番良いと思ってお寺を訪ねることにしました。宗派を超えて托鉢をし始めました。ですから尋ねて行くお寺は真言宗か真宗のお寺さんが多かったです。私の25日間の托鉢行脚は岡山県の岡山市から始め、倉敷市,児島市、四国の小豆島、高知、香川、岡山県の玉野市、津山市、鳥取県鳥取市、米子市、島根県の島根、岡山県の新見市、広島県の福山市、鞆の浦、広島市などでした。 |
| 小豆島にある長勝寺さんに15年ぶりに会いました。小豆島八十八ヶ所を行脚したときにはここにお世話になりました。15年ぶりでしたので奥さんはたぶん私の顔を忘れて、最初に断りましたが私は和尚様はいらっしゃいますかと聞きますと、奥さんが中に入って、また帰って来ました。「達磨さん?」「ハイそうで御座います。」「まあ、まあ、、どうぞ」と言いました。私は大変嬉しかった。朝から歩き出して、行く所、行く所色々があって、やっとここに辿り着きました。もしここでも断ったら行く所無く野宿するしか仕方がなかったです。私は敷き物も掛け物も持たずに曹源寺から出ました。私の衣が私の敷き物と掛け物でした。幸いにあまり寒くなくて助かりました。お風呂に入り、足の疲れを取りました。奥さんが料理は大変上手。15年前に頂いたごちそうを思い出しました。今回も又同じ親心ですごくごちそうを持って来ました。和尚様に次の日に会いました。和尚様凄く親切に色々と話をしました。「達磨、貴方に100万円を寄付したいけれでも、そうはいかんね。」と、和尚様が親心に言いました。和尚様のその慈悲の心だけで有りがたい。 |
| 私が訪ねたお寺のお参りが終わり、そこから出ようとしたら、前から声が来た。それも英語で、私は吃驚しました。「Do you know me?」私はポカンとして、「やあ、知りません。」と言いました。「ちょっと待って。」と言って、ポケットから携帯を出して何処かへ電話を掛けた。「佐藤慈光さん、珍しい出会いです。菩提さんに会いました。」話してみると、なんとまあ。。今年の2月4日に京都の国際交流会館での私の講演会に参加してくれた大阪の伊藤さんでした。 |
| 玉野市の久昌禅寺は臨済宗妙心寺派の禅寺です。曹源寺と長い付き合い。ここに行って托鉢をお願いしました。和尚様と何回か曹源寺で顔を合わしたことはありました。和尚様と奥さんに凄く親切にして頂き、車で色々なお寺に托鉢を御願いに連れて行ってくれました。 |
![]() Ttakuhatsu angya Japan, Shodoshima - 2010 |
| 私が25日間の托鉢を終わって曹源寺に帰って来た時、また檀家さんの方々と一緒にお布施を持って来てくれました。 |
| 私は行脚の途中に倉敷市藤戸にあるお寺の前に立ちました。お願いの声を掛けると中から奥さん出て来ました。私は自分を紹介し、奥さんは私に待ちなさいと言って、中に入って和尚様を呼んで来ました。何とまあ。。奥から出て来た和尚様は私と一緒に印度に行った鶴林さんでした。12年振りに会いました。雨が降っているから傘を下さいました。この傘のお陰で私は衣をあまり濡らしませんでした。 |
| 私は一つのことが凄く勉強になったのは、お寺を尋ねた時、ほとんどのお寺ではだいたい奥さんが一番に出迎えます。また私が吃驚したのは私が訪ねて行ったお寺の奥さん、若い、年配,みんな美人でした。なぜお寺の奥さん美人かなと思いました。お寺に魅力あるか、お寺の和尚様の魅力かどっちか。 |
| また断るときの言葉は面白いように全国的に同じです。「留守のものですが分かりません。」この言葉は行く処行く処で聞きました。こう見ると何処に行っても日本人は同じと感じました。 |
| 新見市の山奥にある臨済宗永源寺派のお寺を尋ねました。新見に永源寺派のお寺は多い。同じ臨済宗ですから3時間歩いて喜んで行った。お願いの声を掛けました。何回も声を掛けて誰も出て来ない。最後と思って声を掛けました。中から声がありました。「障子を開けて下さい。」私は障子を開けました。何と寝た切りの和尚様。言うのに「ここに何もないよう」。その姿を見て知らん内に涙が出ました。私は感謝で手を合わし、また3時間歩いて帰りました。こういう和尚さんがいるからこそ、お寺を守ってこられた、と思いました。 |
| 津山市の先ず最初に東寺町を托鉢しました、また商店街をして、西寺町に行きました。そこにあるお寺を次から次へと托鉢しました。お寺の奥さんたち出て来て托鉢を頂きました。其の中にある日蓮宗のお寺を訪ねると奥さんが出て来て私のお願いを聞いて、「まあ。。中に入りなさい、まあ、座って下さい。」と奥さんが言いました。「お茶でも飲みなさい。」と言って奥さん中に行きました。私は玄関で待っていました。すると外から男性が入って来ました。私が説明すると私を下から上まで睨みつけて見る。私は自分が何か悪い事したかなと思いました。と、中から奥さんがお茶とお菓子を持って出て来ました。「外人の修行者が沢山いる曹源寺のお坊さんです。」と、住職に言いました。それでも和尚様は何か疑いながら気楽に話しをし始めました。私は自分の名刺を差し上げて、私のウェブサイトのことを言いました。「早速ウェブサイトを見ます。」と和尚様は言って、パソコンで確認しました。 |
| この托鉢行脚の時、私が一番見かけたのはお寺を訪ねて声を掛けたら必ず奥さんが出て来ます。だいたいみんな疑います。又男性の方が出て来ると必ず下から上まで疑いながら見ます。。こういうことはしょっちゅう有りました。お坊さんがお坊さんを疑っている感じでしたが、でも話が合うと、皆親切にして下さいました。また注意するところを教えて頂きました。 |
| 「宗派が違います」とか、「うちの本山の方でもやっています」とか、また「何故、貴方の宗派の本山が貴方たちを支援しないのですか、支援をすべきではないですか」とか、さまざまな声を聞きました。。それでも今回の托鉢は多くのお寺の奥様方から頂きました。感謝一杯です。 |
| 新見市のお寺さんに私の托鉢行脚の説明をすると、「支援するのは構いません。だが何回も騙されたことがあって、檀家さんに迷惑を掛けたことがある。だから断るしかない。」と言いました。ご自分は怪我をしているのに、私の話を聞いて、大変親切にして下さいました。 |
| 私にとって托鉢は面白い。また行く所,行く所の親切さと、また文句が面白い。ですから私は時間を無駄にせずに出来るだけ前へ前へ進むようにしていました。新見市は合併して広くなりました。ですから3日に渡って托鉢をすることを決めました。あるお寺に行くために私は電車に乗りました。私は乗っている電車を確認するために私のそばに座っていた女子学生に、この電車は芸備線の市岡駅に止まりますかと聞きました。「はい。」と其の女子学生が言いました。又せっかくですので私は尋ねたいお寺の距離を「駅からどのぐらい?」と、聞きましたら、其の女子学生は「それは私のお寺です。」私は不思議に思い、聞きました、「貴方はお寺の娘ですか?」、向こうが答えるに、「はいそうです。」「実は私はこのお寺に托鉢に行きたいのです。」「じゃ、私が案内して上げます。」また、一人の男子高校生の方を指差して、「あの人もお寺の息子です。」と教えてくださいました。 |
![]() Takuhatsu angya Japan, Kochi, Shikoku - 2010 |
| 新見駅から4番目の駅は芸備線の矢神駅です。駅から歩いて15分掛かるところ、少し坂を登った所にお寺があります。私が歩きだした日から何処を見ても山、田んぼ、田んぼで働いている年配の方々が目に入ります。また私の方を見る目 |
| だいたいお寺は山の中です。新見のお寺から見る景色は凄く素晴らしい。山が有り、川が有り、田んぼが有り、また空気が澄み切っている。緑が一杯の山、何処に行ってもお寺がある、日本は何と幸せな国と私は思いました。この国の人々は恵まれている、季節は時間どおりに巡って来ます。 |
| 何も不自由無いところは日本だと私は思わざるを得んでした。色々な問題があるかも知りませんが、それを生み出したのは誰でしょうか?我々がこの自然から学ぶべきことは沢山有ると思います。自然は区別せずに人間を育てますが、でも人間は自分の欲望を満足させるため、母なる自然を破壊している。悲しい。。悲しい。。 |
| 駅から彼女は自転車に乗り、そして私は歩いてお寺に行きました。和尚様は法事に出て留守でした。住職さんのお母さんが出て来て、「私は何も知りません。また、どのぐらいあげればいいのか分かりませんので。」と言いました。その間に娘さんがお茶を持って来ました。また、おにぎりを持って来て、私に下さいました。「食べてください、私はお父さんに電話をして聞きます。」と言いました。「お父さん、すぐ帰って来ますので暫く待って下さい。」 |
| 私は玄関にある椅子に腰を掛けました。暫く待ったら住職さんが法事から帰って来られました。若い住職さんでした。私の話を真剣に聞きましてお布施を下さり、弁当を下さいました。「今のところ、これは私の精一杯の協力です。」と言いました。 |
| 外は暗くなりました、私は駅の方に向かいました。矢神駅に電車はあまり停まらない。駅に駅員さんもいない。新見駅に行くのは止めて私はこの駅に泊ることにしました。 |
| 今回の托鉢行脚の時には、行く処、行く処の駅に野宿することにしました。野宿するために駅は一番良い所です。トイレがあり、座るために椅子があり、販売機がある。けれども、それぞれ駅も違います。大きな駅は最終の電車が出たら駅の戸を閉めます。ですから駅から出なければなりません。そして駅が5時に開くまで何処かに行かなければならないのです。警察のパトカーが来るので、また大変です。この体験は新見に行く前に十分しましたので、小さい駅の方が安心です。 |
| 松江駅のことです。駅から出されて、私はバスターミナルに行きました。夜の1時頃、私が座っていたホームの前に車が停まりました。若い男性が二人、車から降りて来て私の方に来ました。話が合って、一緒にお茶を飲み、一人がガールフレンドを迎えに行き、一人は私と一緒にいました。彼と長い時間、英語の練習をし、彼はスケートボードをして見せました。後から聞いたら、彼らは私が女性だと思って近づいて来たのでした。 |
| 矢神駅は小さいので、出されたり、また警察から文句を言われることもない、また矢神駅の手前の市岡駅は素晴らしい、この駅は私にとっては一番良かったところでした。駅の前に山があって景色の素晴らしいところでした。 |
| 津山の寺町のことを天台宗地蔵院の住職清田和尚様から教えて頂き、またインターネットから寺町に有るお寺と其れ以外のお寺の住所を教えて頂き、それを持って、津山からの托鉢はやり易く成りました。 |
| この25日の間、私が訪ねて行ったお寺の数では一番が真宗、続いて真言宗、曹同宗、天台宗、最後が臨済宗でした。皆さんから沢山の御支援とお慈悲を頂きました。また行く処、行く処の一般の方々からも沢山ご支援とお慈悲を頂き、心から厚くお礼と感謝を申しあげます。 |
| これからも益々日本と印度の仏教徒の交流が深まることを願っております。 |